今回も猛省キリギリスの9話(テントウムシの話)をお読みいただき、
ありがとうございます。
このページでは、9話についてのおまけ話をしたいと思います。
■寿命について
テントウムシは、幼虫になってからの寿命は、約3ヶ月と言われています。
ただ、冬場に生まれたテントウムシに関しては、冬眠をするので
正味、半年くらいは生きるようです。
「寿命は、どんな生物にもある」と思われがちですが、寿命のない生き物も結構います。
たとえば細菌類などは、「エサをちゃんと与え続ければ、永遠に生きるだろう」と
言われている種類が数多くいます。
なぜ、生物に寿命があるのでしょう?
その説はたくさんあって、まだ正確にはわかっていませんが、
ひとつの仮説を紹介します。
『寿命がないと生き物が増え続ける一方になり、やがて食糧不足になってしまうので、
適度に数が減ったほうが生物は繁栄する』という説です。
それ以外の仮説には、『寿命は偶然できた』というのもあったりして、
なかなか奥が深くおもしろいテーマだと思います。
まー、寿命というのは、誰かが意図してつくったわけではないので、
厳密な意味での正解はないとは思いますが。
■テントウの苦い汁の正体
テントウムシを掴むと、黄色い汁を出すことがあります。
あの汁はマズイので、鳥などの天敵から身を守るのに役立っています。
↓ テントウムシが出す黄色い汁
ですからテントウムシは、「私を食べてもマズイですよ」というのを知らせるため、
わざと派手な模様をしていると考えられています。
↓ 「私はマズイです」というサインを送るため、派手な色をしていると言われます
小学生のころ、この黄色い汁は本当にマズイのかなめてみたことがありました。
実際、人間の味覚でも相当マズかったです。強い苦みと青臭さが舌に残ります。
試してから20年経った今でも、うっすらと味の記憶があるほどマズイです。
ちなみにこのコラムを書くにあたり、「黄色い汁の成分はなんだろう?」と
インターネットで調べました。
京都大学のホームページによると、成分は、アルカロイド系の物質だそうで、
知ってしまったときは結構ショックでした。
なぜなら、アルカロイド系の物質は、生物系を専攻している人には結構おなじみの猛毒で、
フグやトリカブトの毒もその仲間だからです。
いやー、これ知ってれば、そんなアブナイことはきっとしませんでした…… (汗)
まぁ、コーヒーなんかに入っているカフェインなどもアルカロイド系の物質なので、
必ずしも猛毒というわけではないのですが、イメージ的にキケンなので。
ちなみに同じく20数年前、ファミコン通信というゲーム雑誌に、『カブトムシはウーロン茶の味』
と書いてあったので、試しに背中をなめてみたことがあります。
確かに、ウーロン茶を薄くしたような味がしましたが、今考えればあれも、
ダニとかたくさん飲み込んでそうですし、あまりやらないほうが良かったなと思いました。
↓ カブトムシ君の顔
■今回の物語の原案
今回、テントウムシのローズが、最期の時間を使ってキリ助に
『今』の大切さを教えてくれました。
この原案、実は大学時代からの友人である、
ちなっさんがMixiに書いていた日記なんです。
日記の内容がとても素晴らしいと思ったので、ご本人に許可をもらって、
猛省キリギリス用にアレンジをしました。
原案にさせていただいた日記の内容は、下記の通りです。
−−− <瀕死の私にハチが教えたこと> −−−−−−−−−−−−−−−−−
寿命なのかケガなのか・・・とにかく瀕死状態だろうということは一目でわかった。
ハチは死にかけていた。
起き上がろうと必死に動きもがくが、同じところをくるくるまわるだけ。
「ムリだよ、もういいよ・・・」私は思った。
でもハチはもがき続ける。
なんとかしてあげたい気持ちで胸が苦しくなる。
でも何もできない。・・・私は何もしなかった。
徐々に体力を消耗し、ハチは死んでしまった。
涙が出てきた。
ハチはじっとしていてもいずれ死んだだろう。
もがく必要があったのだろうか。
もっとラクに死ねたんじゃないだろうか、そう思う。
でももし、もがいていなかったら誰の目にもとまらなかったと思う。
たまたま電車に乗り遅れてホームに残された私の目にも。
そう そして私は、今日上司に告げるはずだったコトバを、
とうとう告げることなくウチに帰ってきてしまった。
『動けるのに動かないなんてズルイ』
ハチはそうは言わなかったけれど、私がハチならそう言ったと思う。
ハチは死んでしまったけれど、私はまだ生きてる。
その違いは大きい。
でもハチに出会う前の私は、「瀕死のハチ」と何か違っただろうか?
【好きではじめたこの仕事、辞めちゃうトコだったよ・・・】
その時言えなかった「ありがとう」は天国までは届かないかもしれない。
だから・・・
涙目で電車に乗り込む私に、あかんべーをしながら
元気に飛び去っていくハチの姿があった、 そう信じたい。
−−− < ここまで > −−−−−−−−−−−−−−−−−
ちなっさんは、OL勤めを経験したあと、現在は大手人材派遣会社で営業職をしています。
このお方、残念ながら日常ではとくに取り柄と言えるようなものは見あたらないのですが、
気まぐれに書く詩やコラムのセンスは抜群だと思っています。
昔から本人は、詩の才能があるとは思っていないようですが、
個人的には、「せっかくの才能をもったいないなー」と思っています。
でも得てして才能というものは、本人にとっては「大したことはない」と
思っているような気がします。
私自身もわずか1年前までは、「虫はあくまでも趣味」と思っていたので、
こういう形でコラムになるなんて思ってもみませんでした。
しかし、人材活性プロデューサーとして、様々なメディアに取り上げられている
大谷由里子さん から、「齊藤クン、君は虫をテーマにコラム書いたら
ウケると思うで」と言ってもらいました。
そして大谷さんが理事を務めるNPOのホームページで、虫のコラムを書く機会を
与えていただいたことが、この猛省キリギリスを書くきっかけとなりました。
「自分には何の才能もない」と思っている人も、周りの人から見れば、
きっと何か才能を感じてくれていると思うのです。
ですから、誰かに「あなたには、○○の才能がある」と言われたら、
「いやー、私にはそんな才能はないです」と謙遜をしないで、本当に
言われた分野に才能があるかどうか試してみればいいと思うのです。
『謙遜する』というのは、日本人の美徳のひとつですが、
ときには自分の才能を発揮させる妨げにもなる気がします。
才能があっても、訓練をしなければ最初はヘタだと思います。
だから、「うまくできないかも……」という不安はよそに置いて、
とりあえず、できそうなところからやってみたらいいのではないでしょうか。
どうせ才能があったって、最初はヘタなんですから(笑)
でも、才能があれば、最初はうまくできなくても、アッという間に上達するはずです。
上達しなければ止めればいいだけです。
半分余計なお世話かもしれませんが、自分のことを、いつまでも
『才能の卵』に閉じこめておくのはもったいないと思ってしまうのです。
■今がベストな状態と割り切る
今回のコラムのテーマは、「今がベストな状態と割り切ってしまいましょう」というお話でした。
過去の経験から学ぶというのも大事なのですが、「今がベストなんだ」と割り切った状態で過去を振り返らないと、
「あのとき、コレをしておけばよかった……」と後悔ばかりになると思うのです。
また、夢や目標などの未来を見る場合でも、「今がベストなんだ」と割り切らないと、
目標と現実のギャップにめげてしまい、「自分はどーせダメなんだ」と落ち込むでしょう。
ですからまず、『今の自分がベストなんだ』と割り切ることが大事なように思うのです。
ちなみに私は『断りベタ』です。
それも、「マグロ船に乗ってこい!」という、意味不明な上司の命令にも
逆らえないほど重症な断りベタです。
↓ 乗せられたマグロ船 ( 赤道の近く )
マグロ船に乗せられた8年前、友人からはよく「齊藤、お前、『もうちょっと嫌なものは嫌って
言えるようになれよ』」とアドバイスをされました。
当時は私も、「もっと断れるようにならないと」と、欠点を直そうとしましたし、
断りベタな自分があまり好きではありませんでした。
でも、あるときから気づいたのですが、マグロ船に乗せられた体験は、
はじめて会う人との雑談にものすごく威力を発揮しました。
また、荒れる海を相手に仕事をする漁師独特の仕事観は、私はもちろん、私以外の人も
非常に 感銘を受けるようで、気づけば、「会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で
学んだ」 (毎日コミュニケーションズ)という本まで出て、意外に売れているようです。
ですから、周りの人から「欠点だから直した方がいい」と言われ続けた
『断りベタ』な性格は、 私にとっての最大の特長でもあるのです。
つまり欠点は、使いようによっては長所にもなるので、今の自分に、
「欠点があるから自分はダメなんだ」と見なさないでほしいのです。
今の自分の状態で、「私にはすべてが揃ったベストな状態」と思ってあげないと、
自分がかわいそうだと思うのです。
あなたは今のままで、きっと完成された状態だと思います。
過去に起きた辛かったことや失敗したことは、すべてあなたのよりよい未来を
つくるために、 きっと必要なできごとだったと思うのです。
ですから、「今」を大切に、一歩一歩前進していくのがいいのではないでしょうか。
<参考図書>
NHKブックス 寿命論 ―細胞から「生命」を考える高木 由臣【著】 日本放送出版協会